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人生の目的も人の数ほどあるのではありません。
人それぞれに役割が違いますが,生きる目的はひとつです。 愛の表現のみです。
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| 「愛」 |
☆私たちは燃えるような熱い思い(好きだという感情)を愛と考えます。
若いとき皆さんも経験があると思います。
いつも一緒にいたい。 一緒にいると安心する。
一緒にいると楽しい。 ワクワクする。 ウキウキする。
しかしこれらはすべて欲望なのです。
恋愛中は楽しいときだけを一緒に過ごします。
いざ結婚となるとそれらが日常生活になりますから、都合の良いことばかりではなくなるのです。
お互いが欲望を主張すれば喧嘩になります。するとやっぱり苦しいわけです。
長く結婚生活をするには、お互いの欲を削る必要があるわけです。
そうすると調和するのです。
欲をなくすとは自分を殺すことで自我をなくすことです。
先に述べたような熱い感情を愛だと考えるとうまくいかないのです。
愛とはもっと静か(平安)で、日常的で継続的なものです。
調和なのです。 |
| 「悟り」 |
☆人間には自由意志が与えられました。
この宇宙エネルギーを自由に使うことを許された動物なのです。
人間以外の動物や草木、鉱物は宇宙エネルギーを使える範囲(表現)を制限されています。
ゆえに人間は「万物の霊長」と言われるのです。
自由が与えられた代わりに、幸せも不幸せもあなた次第と言うことになります。
人間以外は自由意志が与えられていない分、生老病死の苦は一切ありません。
ただ愛を表現するだけです。
人間の存在理由ももちろん動物、植物、鉱物と同じように愛の表現のみです。
では神はなぜ人間にのみ自由意志を与えたのでしょうか?
それは「神我顕現」をするためです。
自分が何かを知り、私は人間ではなく、私は神であったと、「我は神なり」と神をこの世に現すために人間に神と同じ創造の力を、自由意志を与えたのです。
肉体が私の本質ではなく肉体に宿るこの生命こそが私であったと気づき、
完全なる愛をこの地上界に現していく事こそ私たちの
唯一の生きる目的であります。
私たちは神の中に存在し神がこの肉体を創り神のエネルギーが私たちの
肉体を働かせていることを理解し、神との一体感で愛の表現をすることでしか
本当の幸せはありません。
私、私と書きましたが私とは、人間とは本来存在しないもので
「神が生きて神のみが働いているだけなのです。
この宇宙には無限のエネルギーと無限の質量があるだけです。
そのエネルギーと質量が人間という形をとっただけです。
神が形をとったら神以外になるかということです。
神の子は神となります。
これが実感できれば「悟りを開いた」ということになります。
この世に何も学ぶものがなくなりましたから「成仏」となります。 |
| 「この世の苦悩」 |
☆生老病死といわれる人間の苦しみはすべてここに導くために存在しているのです。
神との一体感以外に本当の幸せがあったら誰も神に気づきません。
なぜ苦しいのか?なぜ悲しいのか?なぜ不安なのか?なぜなぜと追求していくしかないのです。
すると神にたどり着きます。なぜなら神しかいないからです。原因はひとつしかないからです。
神という愛のエネルギーしかないのです。愛という調和のエネルギーを不調和に使えば
即苦しみにつながります。不安になります。病気になります。
なぜかというと神との分離だからです。
あなたが神と一体感であれば何の不安もありません。
あなたに何か不安があるとすれば神と分離しています。
あなたが死ねば肉体も財産も家族もすべて返さなくてはいけません。
死んでから返すのではなく生きているうちに返しなさいと、はじめからあなたの物など何も無かったのですから。
「富ある者は不幸なり」と言うのは、物への執着があればあるほど
悟りを得る事が難しいのです。
「富なき者よ幸いなり」となります。 |